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「天は赤い河のほとり」パロディ小説(22)



ナキアさまの私兵~ある私兵の物語




私は、弓兵隊の兵士だった。
入った当時こそ、我が皇帝陛下をお守りするのだ、という使命感に燃えていたが、内情はひどいものだった。
小隊長、中隊長とも、私と出身国が違うためか、いろいろひどい目にあった。新しい服や兵器はまず、同郷の兵士から。服や兵器は古いもので我慢するにしても、食事も不公平に与えられる。私は少数民族の悲哀を心の底から味わった。
そんなある日、同じ民族の仲間数名と脱走を企てたが、あっさりと捕まってしまう。

兵士をやめさせられるのは覚悟していた。
数日間、水だけを与えられ、その間に下された罰はあまりにもひどいものだった。軍服を脱がされると、きらびやかな女物の衣装を着けられ、糸巻き棒を持たさ れ、空腹を抱えながら町中を引き回された。仲間の兵士や民衆がそんな私たちを見て大笑いした。この屈辱は一生忘れられない。今でも思いだすと体が熱くな る。

引き回しの後、そのまま戦車隊の厩に連れて行かれると、女性用の服を脱がされ、奴隷が来ていたぼろを着させられると、裏口からたたき出された。


頭巾の男たちとの出会い
荷物も金も取り上げられ、ぼろ1枚をまとった私たちのところに、頭巾をかぶった数名の男たちがやってきた。
「お前たち、ひどい目にあったな」
「今まで戦ってきた仲間を平気で追い出すなんて、ひどいな。カイル・ムルシリ殿下の軍隊は」
「一緒に飯でも食わないか。ワインもあるぞ」

脱走し、捕まってから水しか口にしていない私たち。荷物用の馬車に乗せられると、王宮のほとりにある、大きな建物に招かれた。中年の男女が私たちの服を脱がせると水浴びをさせてくれる。そのあと、新品ではないが状態の良い服も与えてくれた。
別室では、先ほどの男たちと同じような頭巾をかぶった男たちが食事をしており、そのテーブルの端に座るように促された。
豪華ではないものの、皿に山盛りになった食事はお代わり自由。私たちはむさぼるように食べた。ふと見ると、食事を終えた他の男たちが私たちを見ているが、みな暖かい眼差しをしている。

「どうだ、おなかはふくれたか?」
「はい、おかげさまで。ところで、みなさんはどういう集まりなのですか」

王宮の近くで、これだけ屈強そうな男たちが集まっていられるなんて。
「お前たちはたしか、弓兵隊にいたそうだな」
「はい」
「俺たちと一緒に働かないか。軍隊崩れの仲間がほしかったんだ」


新しい主人に仕える
「俺たちは、ナキア皇后陛下をお守りするために直接お仕えしているんだ。」
ナキア皇后陛下は、親衛隊と称する私兵を持っていると聞いたが、この男たちがそうだったのか。
私たちは顔を見合わせたが、他に行くところもない。しばらくお世話になることにした。

ここのシステムは、基本的に衣食住&武器が保証されていて、あと、手柄を挙げるとナキアさまから褒美がもらえるというもの。王宮から離れた山間には、荒れているが専用の訓練所がある。
訓練は自由だが、手柄目当てに一生懸命訓練している者も少なくない。
もちろん、酒ばかり飲んだくれて、何もしていないゴロツキみたいな奴もいるが、仲間であることに変わりない。
ナキアさまご自身が異国のバビロニア出身ということで、私兵同士、出身国で差別しあうこともなく、すっかりこの場所が気に入ってしまった。


頭に被る頭巾がナキアさまにお仕えする者のしるし。
私たちは疾風のように町中を歩き回った。
頭巾を被ったまま飲食店で食事をすると、頼みもしないのに、食事代が無料になることがある。
さすがナキアさま。市民に慕われている・・・・(?)
(そのわりには顔をしかめている市民もいるけど)


いよいよ出陣(?)
訓練したり町中を「見回ったり」しながら過ごしていたが、ある朝、若頭(ここではリーダーを若頭と呼ぶ)が「さあ、出入り(ここでは戦闘のことを出入りと呼ぶ)だ。手柄を挙げるチャンスだぞ」と私たちを起こしにきた。
私は一瞬で目が覚めると、支度を整えた。揃いの頭巾に弓矢。
もっとも、弓矢を手にしている者は多くはない。やはり、棍棒を持つ者が多い。総勢100名。

向かったのは、徒歩で1時間ぐらい離れたとある集落。1軒の大きな家に着くと、若頭が
「村長はいるか?」
「はい」
「お前の集落では、一体何をやっているのか? ナキアさまへの貢ぎ物も滞っているし、おまえの息子は我が主人、ナキアさまを裏切ってカイル・ムルシリに仕えているではないか。」
「いえいえ、滅相もござ・・・」
「問答無用、皇帝陛下に逆らう者は、家を壊されるというヒッタイト法典は知らないわけではあるまい。野郎ども、かかれ!!!!」

私は目を疑った。親衛隊員たちは棍棒を手にすると、村長の家だけでなく、集落の家々に散って家を打ち壊し、家財道具の略奪まで始めたのだ。
「おい、弓兵。こっちだ」
呼ばれた方に行くと、村の若者たちが親衛隊と争っている。
「敵に矢を射ろ!!!!」
たとえ、理不尽なものかもしれないとしても、出された命令に従うのが軍人の悲しい習性である。私たち元弓兵は村の若者たちに矢を撃った。
もともと大した戦闘力がない村の若者たち、バタバタと倒れていった。そうだ、ナキアさまを差し置いて、あの憎きカイルに仕えるのが悪いのだ。ヒッタイト嫡 流の血筋なんてくそ食らえ。少数民族のことを馬鹿にしやがって・・・。私は憎悪に燃え、矢を次々と放っていった。

2時間あまりの戦闘、いや、略奪が終わった。村人たちは広場に集められると、若頭は言った。「どうだ。皇后陛下に逆らうとこのような目に遭うのだ。分かったか」

「若頭、今回、女は如何ように」
「どうしましょうか、ウルヒさま」
「若頭さま、ウルヒさま。先ほど密偵に探らせたところ、城門周辺でカイルの輜重隊(しちょうたい。荷物や兵器を運んだり管理する兵隊) が訓練をしているとか。輜重隊にはカイルの側近の文官、シュンシューン・イナリがついています。あまり目立つことは」
「うむ。奴は目敏いからな。今日は女を連れ帰るのはあきらめるか」

「村人ども。今日は、ナキア皇后陛下のありがたい思し召しにより、おまえたちの命だけは助けてやる。これからはしっかりと皇后陛下に仕えるのだぞ
親衛隊の仲間たちは、皆、思い思いに大きな袋を下げている。ここからは分からないが、中には金銀財宝が詰まっているに違いない


私はずっと矢を射っていたので、何も略奪しなかった。というか、略奪できる立場にあったとして、他の者と同じようにそれができるのだろうか。

王宮の脇に行くと、情報通りに輜重隊が訓練をしていた。
馬車に荷物を載せたり、馬を曳いたり。
弓兵隊に比べ、何か楽しそうに訓練しているようにも見える。目をこらすとシュンシューン・イナリがいた。
兵士たちの間を歩き回っている彼は、黒髪、象牙色の肌をした移民の文官でカイルの懐刀と言われている。

詰め所に戻ると、略奪に参加した私兵は、三分の二を若頭に納めていた。ごまかすと首を刎ねられるという。
そして私たち弓兵は、別室に呼ばれるとウルヒさまから直々に「皇后陛下の褒美」を賜った。


酒場にいた兵士たち
私たちは褒美を手にすると、早速酒場に向かった。
「さあ、酒だ。俺たちは大手柄をあげてきた。飲むぞ!!」
今日の酒場は賑わっている。仲間たちはかつて略奪してきた女性についての話をしている。とてもついて行けない。酒をなめていると、隣のテーブルから話し声が聞こえた。軍人たちのようだ。

「どうだ、ジョン。輜重隊の居心地は」
「訓練は楽ではありませんが、いい居心地ですね。移民の僕も全然差別されないし」
「中隊長のジュセルさまをはじめ、俺たちの中隊は移民や少数民族ばかりで構成されている。だから、居心地がいいんだ。」
「隊付文官のシュンシューン・イナリさまも移民ですよね。」
「ああ、そうだ。移民の気持ちを よく分かってくださる。」


さらに、話を聞いていると、つい最近、カイル殿下の肝いりで輜重隊が強化されるということで、若者の募集が行われ、移民や少数民族も大勢入隊。ひとつの部隊にまとめられたのだ。

そうか、そのとき、私は丁度弓兵隊にいたんだっけ。決して報われない努力をしながら。
輜重隊の求人なんて、弓兵隊に表だって回ってくるわけがない。
悪いのはカイル殿下ではなく、その下にいる者たち。気付いたときは、後の祭り。
私はすでにナキアさまにお仕えしているのだから。

仲間たちはといえば、酒が回ってきたのか会話が益々野卑になってきている。いたたまれなくなって先に酒場を出た。
「私はナキアさまにお仕えしているんだ。ナキアさま万歳!!」そう自分に言い聞かせながら宿舎に戻った。


ハッティへ

訓練と酒と出入り(略奪)に明け暮れていた数ヶ月後のある朝、若頭が緊張した顔で私たち親衛隊の部屋にやってきた。
「今日の出入りは大がかりだから、全員出動だ。武器庫から武器も持っていけ。完全武装だ」
「どうしたんですか??」
「いいから、中庭に集合しろ」

中庭に集合した私たちの前にウルヒさまが姿を現した。金髪の美しい神官のお姿はいつ見てもみとれてしまう。
そのウルヒさまの訓示によると、今日の相手はヒッタイト軍の可能性があるという。
ハッティの街に逃げ込んだカイルの側室を引きずり出して、ナキアさまに引き渡すというのが今日の任務。
ただ、カイル皇子はその側室に惚れ込んでいるので、軍を動かすかもしれないというのだ。

私は武者震いした。弓も密かに練習を積んだおかげで大分上達している。
ところが、仲間たちは震えたり、逃げようとしたり・・・
いつも、弱い者相手に略奪をしている者にとっては恐ろしい相手であることは間違いない。
そこに、皇后のナキアさまが現れた。「手柄を立てた者には褒美を遣わす」
その一言で、さっきまで震えていた仲間たちも奮い立った。


ハッティの街に着くと、城壁からハッティ族が私たちに向かって石を投げたり、矢を放っている。私は、城壁の裏門が見渡せる場所に待機する。裏門から逃げ出そうとする者を射止める任務のためである。
確かに、怖じ気づいて逃げ出そうとする者や、王宮に伝令として向かおうとする者が裏門から出ようとするので、私は矢を放って威嚇する。しばらくすると、裏 門の上から、まばゆいばかりに輝く象牙色の肌をした黒髪の少女が姿を見せた。あれが側室のユーリかぁ。ただの小娘じゃないか。・・・・

戦闘は小康状態になり、私たちは交代で休憩をしたり、酒を飲んだりしていた。

と・・・

ハットゥサの方角から、喊声ともうもうたる土埃が見えた。「うおーっ」大地を揺るがす鬨の声。
やべっ、正規軍だ。歩兵隊に加え、戦車も数台。その中に・・・タワナアンナ旗。

カイル皇子自ら側室を取り返しに来るのか・・・・・すげえ

感心している場合ではなかった。
仲間たちは、歩兵隊の剣になぎ倒され、あるものはなすすべもなく降伏していく。
私は、物陰から矢を射るが、兵士の数にはとても追いつかない。とうとう矢も尽きた。




移民の文官と・・・そして最期

ふと、少し離れた場所に荷駄が積まれているのが見える。昔居たところで勝手は分かっていて、兵器の包みがあるのがわかる。よし、あれを奪って・・・・・
「こら、何をしている」妙なアクセントをした文官に呼び止められた。振り向くと、側室のユーリと同じ象牙色の肌に、黒髪をした文官が剣を擬して立っている。

「仲間たちはおおかた降伏したぞ。ウルヒは片眼を射抜かれ、すでに逃亡した。カイルさまは、降伏した者は助命するとおっしゃっている。剣を捨てなさい」
「うるせえ。文官ごときに舐められてたまるか。」私は短剣を持ち、文官に振りかぶったが、文官の剣と俺の剣がぶつかり、俺の青銅製の剣はぽきりと折れた。

「シュンシューンさまぁ」声のした方を思わず振り向いたとき、胸に強烈な痛みが走り、私は地面に倒れた。矢が刺さったのだ。

胸の痛みとともに、意識が遠くなり、視界もぼやけてきた。
回りの会話だけが耳にはいってくる。
「シュンシューンさまぁ、ここは戦場なのですから一人で出歩かないでくださいよぉ。ったくもう」
「すまんすまん」
「危うくこいつに殺されそうになるところだったんですよ。・・・・あっ」
「どうした」
「こいつ、同郷で、昔の弓兵隊仲間だったんですよ。何でこんな所に・・・・当時は本当に辛い生活だったんです。私はシュンシューンさまの輜重隊で募集を掛 けるのを知っていて、こちらに移れましたが、彼はその情報を知らなかったために、確か、脱走を企てて・・・・・。それにしても、昔の仲間に矢を射ってしま うとは何という皮肉だろう・・・」

「とにかく治療しよう。誰か!!、私の名で軍医を呼べ!!
「はいっ、シュンシューンさま」別の弓兵が駆けていく。
「ありがとうございます、ただ、矢が心臓に近いところに刺さっているので」

シュンシューンさまは、私をのぞき込みながら、つぶやいた。
「彼はナキアさまの親衛隊だったのだな。こんなひどい格好させられて・・・・彼も、その腕を私のところで生かせば・・・・何とか助かってもらいたい・・・」
私の記憶はそこまでであった。


以上で、パロディストーリーは終わりです。



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